投球肩障害
2021.10.26更新
A、投球肩痛はどこから来るのか?
1,可動域の変化
肩痛では投球側の肩外転90°で内旋角が減少し、外旋角の増加がみられる。後方の関節包のストレッチで改善が見られたとの報告も多い。
しかし、健側との比較では、全可動域角度は同じで、-5°以下から186°以上
では障害発生になりやすいと言われている。
2,骨性変化
投球側では上腕骨の後捻角の増大、臼蓋の後捻化が起こり、外旋可動域が増加し投球能力が上がる。また、上腕骨結節間溝の骨棘形成も出現する。臼蓋後方の骨棘はキシロカインテストで陽性であれば切除で軽快する。
3,軟部組織の変化
投球側では後方関節包の肥厚が見られ、外転外旋動作時に肩甲上腕関節で骨頭と関節窩軟骨の接触点が上方にシフトしていく。フォロースルーで肩関節内旋と内転が肩後方へのストレスを与え関節包靭帯に線維化と短縮をもたらす。
4,投球障害発生理論の研究
1970年代ではインピンジメント症候群に対して、肩峰形成術は成績が悪かった。その後Jobeらは外旋動作の繰り返しで前方関節包の弛緩が起き、結果として関節窩後上方でのインピンジメントが起きるとした。しかし、前方制動術は結果が出なかった。2000年にはBurkhartらは後下関節上腕靭帯短縮に伴う骨頭後方シフトが過度に生じると関節唇の内側へのずり落ち(peel-back)がSLAP現象、インターナルインピンジメント症候群を引き起こすと述べた。さらに、前方関節包の弛緩は生理的代償であるため、前方関節包縫縮は行ってはいけないと言った。
投球ストレスで短縮した後下方関節包靭帯により骨頭と関節窩のコンタクトポイントが後上方へとシフトし、これによりインターナルインピンジメントが回避されると同時に骨頭が前方関節包へ突き上げる現象が軽減され、より大きな外旋可動域が実現し速い投球が可能となる。
一方、オーバーユースや限界を超えた応力がインターナルインピンジメントによる圧迫、過度のpeel-backによる引張応力、過外旋から内旋までに上腕二頭筋長頭、関節唇への剪断応力が肩痛の原因となる。
B、投球動作のメカニクスと投球障害の発生メカニズム
1,はじめに
投球障害の要因は①関節上腕靭帯の動態と②慣性である。
<関節上腕靭帯の動態>
上腕骨の最大外旋と最大内旋時に起こる靭帯の緊張はclose packed position(CPP)といい、それ以外の緩んだ状態をloose packed position(LPP)と言う。CPPでは関節性の安定性が最大になるので筋力の影響は受けないが、LPPでは筋性の影響を受ける。
<慣性>
肩関節はコックアップからフォロースルーまで高速動作により慣性による受動的な運動を受け、慣性は最小抵抗部位の運動を誘発する。不良動作としての肘下がりや身体の開きは慣性による受動的な運動であり、意識して動かしているわけではない。しかし、前運動で能動的なエラーが起きると正しい方向には誘導されない。
2,関節内インピンジメント
LPPで後方への慣性が大きく働く時に水平外転は大きくなる。そうすると、scapula planeが乱れ過角形成となり、CPPは固くなりAIGHL(anterior inferior glenohumeral ligament)が緊張する。また、肩甲骨を胸郭に引き付けすぎると肩甲骨周囲筋肉の機能障害、肩甲骨の外転・上方回旋が不十分だと肩関節の過角形成が起きる。
3,上方関節唇損傷
加速期の上腕骨高速内旋時に上腕骨頭の上方偏位・前方偏位があると骨頭と臼蓋の間で関節唇を挟み込み損傷すると考えられる。(spin motion concept)
オーバーユースで肩後下方に拘縮があると、CPP時にPIGHLは前下方で緊張して、骨頭を後上方に押し上げ、短縮した小円筋が肩甲骨外縁を引き下げて、肩甲上腕関節の外転角を減少させる。MER(maximum external rotation)では上腕骨頭上面は臼蓋に接しており上方へ滑りやすい状態にあり、この瞬間はforce couple機能は低下していると考えられる。加速期に入り、上腕骨頭の円錐運動で後上方から前上方への滑りが重複すると関節唇を挟み込み損傷すると思われる。
4,加速期後期からリリース、フォロースルー期肩後方の牽引障害
リリース直後の肩内旋が不足するとLPPの状態でフォロースルーとなり後下方の関節上腕靭帯・腱板群・上腕三頭筋長頭への負担が増す。
5,末梢からの運動連鎖
加速期後期での手の掌屈、前腕の回内運動は肩の内旋運動を誘導して、CPPとなり肩甲骨の前傾を誘導してscapula plane上でのリリース・フォロースルーへ移行する。
上肢の適切な運動が肩甲骨に伝達し、動的支持機構である小円筋・棘下筋の負担を軽減する。さらに、肩甲骨から菱形筋・僧帽筋・広背筋などが張力を吸収しながら体幹に分散していく。しかし、前腕の回内が十分に行わなければ、LPPとなり上腕はscapula planeにはならず、肩関節で上腕は前方に屈曲して、小円筋・棘下筋・上腕三頭筋長頭に負担をかける。
C、 野球肩 機能的診断
1,運動連鎖の不具合
投球数が制限されて久しいが、オーバーワークでは投球数の影響だけでなく、運動連鎖との関連性が大きい。
運動連鎖はボールをリリースするまでの運動とリリースしてから運動が終了するまでの2つのフェイズに分かれる。
2,骨盤・股関節
90度屈曲位での股関節内旋制限と骨盤の運動性の関連性は大きく、骨盤の運動性を高めれば、股関節の可動域制限の改善につながる。
骨盤の仙腸関節はその運動を代表する関節で、腸骨の前後の回旋運動に係わっている。仙骨のうなずき運動で腸骨の後方回旋、起き上がり運動で腸骨の前方回旋が起こり、骨盤全体ではひねり運動が生じる。
近年、腹横筋の収縮は腸骨を内転させ、腸骨を後傾させ、仙骨のうなずき運動を誘導する。
3,胸郭
胸郭の柔軟性は肩甲骨の可動域を上げ、肩関節自体の負担を減らすために重要な役割を担っている。胸郭の運動に関与する筋には大・小胸筋、肋間筋、腰方形筋、外腹斜筋があり、これらの筋が硬くなると骨盤と連結する筋肉にも影響を与え、骨盤の動きにも影響する。さらには、肋椎関節・胸肋関節の硬さ、脊椎のアライメント等も影響する。
肩甲骨の動きはtake backのend pointに影響するので、胸郭の動きが十分でなければ、end pointでの肩甲上腕関節の障害を引き起こしやすくなるため、運動エネルギーを最大限に発生させるためにも胸郭の可動域はおろそかにできない。
胸郭の柔軟性の評価
胸部前面を乳首と胸骨で4区画に分け、胸肋関節近位の肋間を指で挟み上部は上外側へ、下部は臍の方向へ移動させる。特に第1~3胸肋関節、胸鎖関節、頚胸椎移行部の柔軟性が大事である。また、下部肋骨(浮遊肋骨)が開き(季肋角の拡大)、下方に誘導しづらいため、上部肋骨の動きに影響を与えることがある。投手でみられる胸郭出口症候群では、さらに第1胸椎肋椎関節前面を動かすことで上部胸郭の動きを出せる。
参考:関節外科 基礎と臨床 2021 NO.10 Vol.40 山門 浩太朗、瀬戸口 芳正、藤井 康成ほか
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